さまざまな「死」と私 (1)

「死にたくない」と思う幼児

私が「死」について深く接したのは、父親と母親の死ではあるのですが、
そこに至るにはさまざまな「死」がありました。

振り返ると、「死」という言葉の最初は、まだ私が4歳か5歳の頃。
まだ小学校には行っていなかった年齢です。
母親に連れられて行った映画館。
どのような内容かは覚えていませんが、ディズニーの映画だったと思います。
ある場面で、ミッキーとミニー、その他のキャラクターが、ふわふわと空へ上っていくようなシーンがありました。
ファンタジーな、可愛い場面だったはずです。悲しいとか死ぬとかとは無縁の。

その時私は、ふいに、「死にたくない」と思ったのです。
そして、涙が出てきました。
なぜなのか、まったく分かりません。
母に見られてはいけないと、見つからないように涙をふいた・・・そこまでの記憶が残っています。

それまでに、身近で誰かが亡くなったり、お葬式に参列したりといった経験はないはずでした。

「~だったかもしれない??」と思ったのは、それから何十年も後のこと。

実は、父方の祖母は自死でした。
私が生まれる前といっても、私が生まれる9か月前のことです。
両親はもう結婚していましたし、私の命が母のお腹で芽生えたばかりの時期でしょう。
ここからは想像でしかありませんが、
父も母も、実母や義母が自死を選ぶということは、相当なショックはあったことでしょう。
そして、そういった感情がしばらく続いているというのは疑いはないかと思います。
そのような中で、父親や特に母親の感情はダイレクトにお腹の胎児に影響があると思うのです。

そして、実は祖父(父方)も自死。
父は、自分の両親を二人とも自死で亡くしているということです。

二人が自死であったということは、昔から知っていたわけではなく、私の母が亡くなる前。
すでに緩和ケア病棟に入院している時に、教えてくれました。
母も、ずっと心に秘めていたのです。
父からは、一切その話を聞いたことはありませんでした。

思いを、その祖父母に移せば・・・
二人は、一体どんな「喪失感や解決できないこと」を抱え自死に至ったのか?

家族は多い家庭でした。
父は、7人兄弟姉妹でしたから。(うち一人は病弱で14歳の時に亡くなっている)
人数は多くても、心がつながっていない、親子や兄弟関係だったのか?

昔、父方の実家に行くのは心地よくなく
母方の実家の祖父母のところに行くのは楽しかった、幼いころの記憶があります。
何か、そこに流れる空気を感じていたのかもしれません。

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